【迷宮キングダム】神聖ローマランドvs暴帝の訓練場その3
小鬼は資源である。
資源とはパワーである。
我々は無数に発生する小鬼をローマ式練兵術によって鍛え上げ、無敵の軍勢を作り上げる。
つまり、無敵の小鬼である。
――――マクシマス三世
食事処を出て宮廷が向かったのは元々は墓所であったらしい防衛線。
そこに潜んでいたキョンシーやはにわや壁をあっという間に平らげて、次なる選択肢は2つ。一つは何やら歓声が響くコロシアムらしき部屋。もう一つは人の気配のない物置めいた部屋。
「ボスかな」
「ボスですかね」
コロシアムらしき部屋からはそれ以上通路は伸びていない。倉庫に向かえばそのままもう一部屋を経由して入り口に戻るのだ。
「即ボス戦とかアリエナイ。倉庫だな」
「この部屋にはトラップなかったし、通路の方っぽいよね」
「倉庫への道は調査済みだけど、ここにもトラップはないよ」
「断然倉庫ですね」
「倉庫か」
「倉庫ですね」
かくて宮廷は倉庫に向かう。
画面右下にポップアップしてきた部屋名は『トロフィー無法地帯』。
倉庫などという無味乾燥なものではなく、亡国の生き残りたちが積み上げてきた記念碑なのであった。
無法地帯は何らかの戦勝をあらわすパワフルなものがいっぱい。
金魚のヒレ、クピドの翼、茸ドラゴンの胞子に闇エルフの貝殻。
いやいや、一番目を引くのはそんなものではない。
目を引くのは一枚の大きな絵だ。中央にドラゴンの首、傍らに快活そうに笑う暴帝風ローマ剣士。その周囲を取り囲むように部下たちが笑顔を見せ、更には剣士の傍らに侍る少年の姿が目立つ。
「チョコ!」
パルムがその少年に反応した。それは紛れも無く弟の姿である。
パルムが知る姿より些か歳を重ねているが、それはつまり離れ離れになった後の姿ということだ。
念願の弟への手がかりであった。弟と再会することがパルムの使命。
使命を達成するとレベルがあがるのであるが、それはさておき生き別れの弟との再会の可能性はパルムの心を踊らせた。
システムによって得られた設定がそのままでもレベルアップという強いモチベーションになる迷宮キングダムは素晴らしいシステムだと思います。
「見ろ、あからさまだ。これはマトモな代物ではないな」
しかして神官バロンの言がパルムに水を差した。
マトモではない。なるほど。運ぶのにも苦労するような大きな絵を、こんな一時的な砦にさえ設置しようというのはマトモではない。
その絵をじっと見ていると、マクシマス三世がどのような想いを抱いているのかが理解できるような気さえする。
「つまり迷核だな」
迷核、それは迷宮支配者の執念と迷妄がかたちを得たものである。
それは迷宮支配者の力の担保でもあり、破壊すればその力を削ぐことすら可能なのだ。
「これを破壊すればマクシマス三世とやらは大きく力を減ずるな。具体的にはHP半減」
「僕らに攻撃力はあんまり無いよね」
「完璧にパルム頼りだし」
「普通にHPを削り切るのは難しいか」
「燃やしたほうが良さそうだよね」
「え?」
一瞬の動揺。パルムは絵を背中に隠すように立ちはだかって宮廷を見つめた。
「も、燃やしちゃうんですか?」
「確実に破壊するためにね」
「……一部だけ残してもらうとかは」
「それで迷核としての性質を失ってくれるかどうか」
「描き写すとかは……」
「時間も無いし道具も無いよ」
すなわち二者択一であった。弟の情報を確保して強力なままのマクシマス三世に立ち向かうか、マクシマス三世を弱体化させ弟の情報を今は諦めるか。
実益とスタイルとか言う話ではない。RP的にはどちらも美味しい。国のために弟を諦めるも弟のために困難に挑むもどっちを選んでも悪くはない。
しばしの思案の末、パルムは涙を飲んだ。
「……分かりました、燃やしましょう」
パルムの英断は讃えられ、絵画は速やかに燃やされた。
赤々と燃える絵を取り巻いて配下たちはパルムを称える歌を歌い、キャンプ中ずっと踊り明かしたという。
焼かれた灰はみるみるうちに風を捲いて吹き荒れ、それがコロシアムのある方向の壁に触れるとみるや、みるみるうちに壁を歪め、そこに新しい道を形作ったという*1。
ローマの人々はそれをマクシマス三世の妄執の為せるわざと言い、今もって迷宮の中を徘徊する星座のひとつはマクシマス三世をかたどっていると言う。
ともあれトロフィー無法地帯は軽やかに終了し、ランドメイカー達は次の部屋へと向かうことに。
どちらに? 無論ボスのいないであろう部屋だ。
ゲーマー的には未踏の部屋を残すのはアリエナイのであり、マップを全て埋めてからボスに挑むのが最上とされる。
ともあれ入り口にもつながる部屋へ向かって行くと、響いてくる何かを振るう音と喘ぐような苦しげな息。
その部屋の扉に記された名前は『オリョクル回廊』。
オリョクル。
何やら心がずうんと沈み込み、申し訳無さの漂う響きである。
これは深階の方で使われる言葉であり、『繰り返される理不尽な労苦』あるいは『利益のために使い潰される』という程度の意味を持つという。
それを回廊に名付けるとは一体なんの意味あってのことか。喘鳴に汗の滴る音、時折肉に堅いものが打ち付けられる音が響くその回廊には一体何があるのか。
ぎい、と。
ぎい、と扉が開かれた。
石の台があった。
その上に小鬼が縛り付けられている。小鬼は目に涙を浮かべて台の上で震えているのだ。コレを小鬼Aと呼ぼう。
そしてそこに、別の小鬼が走り寄る。これを小鬼Bとする。小鬼Bの有り様は疲弊に震えもはや視線も宙を彷徨うばかりの呪われたがごとき様である。小鬼Bはクリティウスと記された大冊の書*2を振り上げ小鬼Aを殴打!
震える腕が運良く――あるいは運悪く小鬼Aの頭にヒット! 小鬼Aはその衝撃で既に息も絶え絶え虫の息。昇天まで数えるところあと数秒。
「ダメでちー!」
そこにすかさず現れた彼女は小鬼メディック! 素早い手当が小鬼Aの命を繋ぎ止める。
それを確認した小鬼Bは再度回廊に向かって走りだし、走り抜けた後ヨタ付く足でまた小鬼Aを殴るのだ。
「な、なんてヒドい……」
「そもそもこれは一体なにを?」
ランドメイカー達の困惑も当然はすぐに晴れた。
彼らの見ている前で更に数度殴打が続けられたのち、小鬼Bがアクションを取る際に足を縺れさせた。
大転倒! 転がりながら壁にぶつかる姿はいわゆるところの大失敗*3。
それに呼応する如く、奇ッ怪な音と共に新たな小鬼が一体、石の台の傍らに現れた。この新たな小鬼Cはそのまま回廊の奥に進み、訓練場へと出荷されていく。
なんたることか! これこそがこの国の兵力の源である。
任務を解決した小鬼達は五分の小休憩を与えられ、疲労を取り除ききらない程度に休ませられる。非人道的極まりない行いであった。
「も……、もう、いっぱいでち……」
小鬼メディックがうつむき、ぽろぽろと涙をこぼしてそう呟いた。殴るわけでも殴られるわけでもないが、同胞が過酷な労働に従事させられるのを目前にし、その生命をつなぐ仕事を続けてきた彼女の精神もまた限界を迎えつつあった。
多分普通の小鬼より高い頭身も原因であろう。もっと単純な生命体であれば涙を流すこともあるまい。
その姿を見かね、慈悲深き王スサノオはつい口を開いてしまった。
「あの、大丈夫?」
おお! 仁慈の王スサノオよ! その行動を嘲るものなどひとりとしてあるまい! しかしこの呪われた部屋は、そういった善の行いにすら悪意を持つのである。
呼びかけられた小鬼メディックは涙で潤むその瞳でスサノオを見た。そして彼がネオローマカイザー縁のものでないことを見抜くと、そのまま飛びついたのである。
「助けてくだち! もういっぱいでち! 無理でち! 無理でち!」
自らの懐に飛び込んだ窮鳥を救わぬ王があろうか?
スサノオはその不幸を不憫に想い、“ぐるぐる回る”ゴーフレットと名乗った小鬼メディックを受け入れた。
優しき王を民は讃え、小鬼達もまた彼を伏して崇めた。
一方宮廷はげんなり顔であった。
「……【傾国兵器】か」
「ヤバイやつだよね」
「結構マズいんじゃないでしょうか」
傾国兵器とは何か? 凡そ概念的なものもトラップとして存在するこの大迷宮、傾国兵器と称されるものは即ちいるだけでじわじわ国が滅ぶし手放すこともできない存在なのである。
本来国を傾ける妖女などを表すトラップではあるが、今回はゴーフレットを取り巻く呪いと不幸が国を傾けるものとして扱われている。これで青少年のなんかも安心だ。
だがしかし、傾国兵器のもたらす災害は小王国には厳しいものばかり。
国王に縋り付き、これまでの疲労からいつの間にか眠りに落ちたゴーフレットは天使の寝顔であるが、巻き起こす事態は悪魔なのである。
いつのまにか小鬼達が集まり五人ほどついてきてくれることにはなったが、だからと言って災害は看過できぬ。
【希望】があればバロンの【神の指】が傾国兵器だけを無力化できたかもしれないが、それも仮定の話だ。
「まあ、声をかけちゃったのはもうどうしようもないよ」
国王スサノオは気楽でもあった。事実今更どうしようもないのだ。
「仕方ないか。……連れ帰れば【モンスターの民】になるし」
「【逸材】っぽいしね」*4
「かわいそうな感じだしね。災厄が来る前に国まで帰ればいいんだよ」
仕方がないので被害を最小限に抑えよう、という程度に話がまとまりかけた時、パルムが声を上げた。
「どうにかする手段……ありますよ」
「え?」
「私、【フルコース】にできます」
その瞬間、誰もが彼女に鬼を見たに違いない。
傾国兵器はアイテムとして誰かのアイテム欄を埋め、それを破棄できないというルールを持つ。
対して彼女――パルムのジョブスキルは【パンがないなら】。アイテム一つを【フルコース】として使用できるというものである。
使用は破棄ではない。ただ使ったら無くなってしまったというだけ。
食べる(物理)である。
かわいそうな小鬼メディックは哀れにも食されてしまうのか?
「あ、あー。待て待て、【パンがないなら】は自分の持っているアイテムだけではないか」
「ゴーフレットはスサノオが持ってるわけだから無理だね」
動揺、そして安堵。惨劇は避けられた。
誰もがそう思ったその時、パルムは更に口を開いた。
「ええ、ですから――」
国王にフルコースにしてもらうんですよ、と。
沈黙が辺りを包む。民すら重い空気に何も言わない。小鬼たちは震えながらゴーフレットを見つめている。
「できますよね、国王」
「え、うん、まあ……」
賢王スサノオは魔道師である。持っているスキルは【儀式呪文】。スサノオに感情を持っている人物のスキルをコピーすることができる。そしてパルムはスサノオへの感情を有しているのだ。
ねえ国王、とパルムは言った。
「もう【フルコース】にしてしまいましょう(にっこり)」
ホラーである。ホラーであった。高貴なる女騎士の闇にみんなざわついてる。ヤバイ。カニバリズムktkr。
哀れな小鬼メディック、国王スサノオに助けを求めた彼女をレッツクッキングでお食事タイム。そんな姿を見せては国民ドン引き確定であった。
っていうか宮廷すら割とドン引きである。
重く辛い空気の中、マリーが立ち上がって宣言した。
「限界まで行ってみて、どうしようもなければそうしよう!」
先送りである。だが凍りついていた民達は動揺しながら頷き合いそれに賛同の意を示し、小鬼も伏して感謝を告げる。
「そうだな、そうしよう」
「今すぐにってわけじゃないからね、そうだね」
「……そうですね、ではそうしましょうか」
先ほどまでのことが嘘であったかのように柔らかな空気を醸し出すパルムに怯えながら、宮廷は最後の部屋即ち闘技場へと足を進めるのだった。