【迷宮キングダム】神聖ローマランドvs暴帝の訓練場その1
かつて世界は一つのローマだった。
お前たちはローマだった。
しかし栄光のローマもいまや幾つもの小国に別れ、更には有象無象に食い散らかされる供犠の羊に他ならない。
だがお前たちはそうではない。
何故ならばお前たちはローマだからだ。
神聖にして絶対不可侵の唯一のローマだからだ。
お前たちは腐臭漂う腐敗した図体を切り捨てた、純化されたローマの魂だ。
純化したお前たちローマは神聖なる力を取り戻し、栄光を切り裂いたジャブジャブ鳥を打ち破る刃を王に頂いて、今や放たれる前の矢の如し。
逆らうものは皆殺せ。従うものは属州民とせよ。
仮面は告げた。産めよ増えよ地に満てよ!
――――前王の叫び
そして。
そして王国フェイズははじまる。
はじまりはいつであっただろう。
“危ない橋を渡る”ポテト・ザ・バロンが元老院でその伝統を愉しんでいた時か。
闇に囁かれる声にその身を浸し、ローマが刻印される音を聞いていたその時か。
はじまりはいつであっただろう。
“ギザギザの”マリー・テレソが“神聖ローマランドの刃”スサノオに最先端の素晴らしさを説いていた時か。
“当たるも八卦当たらぬも八卦の”パルム・レイトが故国より共に逃れた乗騎を撫でたその時か。
いや、はじまりの時はひとつ。
神聖ローマランドの門を、一団の兵士たちが叩いたときだろう。
兵士たちは門戸を叩き、そして叫んだ。
「我らは偉大なりし帝政ローマ公国の生き残り、闇より帰りし英雄なり!
この国明け渡し我らの属州となるか、それとも死ぬか! さあ、選べ!」
王宮に飛び込んだ知らせにパルムは血相を変え、マリーはパルムに目を向け、国王スサノオは泰然自若であった。
「私は知りませんよ?」
即言い訳から入るパルム。無論事前にGMから何か言っているわけでもないので知らないのも当然のことであった。
束の間、視線の交錯。王宮に緊迫感が膨れ上がり――
「そういうのいいからとりあえず門のところに行こう」
至極真っ当な国王の言であった。冷静なりしは英明なる少年王スサノオ!
「そういうのもいいんで……」
虚飾を嫌う王であった。身につけたるTシャツにはI♡Roma、布切れのようなマントに半ズボン。
すべて虚飾を嫌う心の顕れである。ファッションセンス皆無とか、そういう話ではない。
ともあれスサノオ、パルム、マリーの三人までが手に手に武器を取り、ローマ大門に駆けた。
そして、その時に間に合った。門には帝政ローマ公国残党、今しも門を守る民達を破りなだれ込まんとしているところ。
民達は駆けつけたランドメイカーたちに喝采の声をあげた。ランドメイカーは強くてすごいのである。
しかし、同時に囁き交わされる言葉もある。
――バロン、ポテト・ザ・バロンは?
神官バロンは一人遠く元老院で愉楽に耽っていた。来るにはもう少し、少しだけ時間がかかる。
ああ、バロン。急げバロン。見せ場が欲しければ。
「おお、パルム・レイト殿。噂通りここにおられたか。
さあ、我らは帝政ローマ公国の生き残り。共に公国復興のために手を取り合おうぞ」
「何をバカな! 確かに帝政ローマ公国は祖国ですが、今の私は神聖ローマランドの騎士。恩義を忘れて刃を向けられるはずもない!」
カッコよく言い切ったパルムはマリーとスサノオに向けてドヤ顔アピール。
アピールされた二人はあやふやに笑い、なんとなくパルムの潔白は証明された風になった。
「だいたい帝政ローマ公国の生き残りって言ったって大部分小鬼じゃないですか」
パルムの言は真実であった。兵士たちの一団のうち真ッ当な騎士面をしたのは二人だけ。残る十名弱のものは見るからに無理矢理連れて来られたと思しきやる気なさげな小鬼達。
「そんなこと言ったって……なあ」
「民に代わる新しい公国の主力だし……」
見る見る辛そうな顔になる騎士達に、パルムは掛ける言葉も無い。
「そういうのは後でいいから、さっさと戦闘しよう」
おお、その目は真実を見抜き、知性の輝きを以ってグダグダを排する王よ!
その言葉に騎士たちは誇りと魂と仕事を思い出し、大いに顔を輝かせた。
「であれば裏切り者パルム! 弟君には残念だがここで神聖ローマランドごと死んでもらう!」
陣太鼓に法螺貝の音、呼び込みの声に弁当売り。
速やかに陣立てが整えられ、戦闘の火蓋は切って落とされた。
――ここではただ、パルム・レイトの縦横無尽の活躍によって神聖ローマランドの危機は切り払われた、とだけ記しておこう。
「さすが騎士パルム・レイト……だが我々は尖兵にすぎない。偉大なる"ネオローマカイザー"マクシマス三世陛下が暴帝の訓練場*1で軍備を整えている。せいぜい残された時間を怯えて過ごすがいい……」
それっぽい言葉を残し、騎士は倒れた。ついでに小鬼もなで斬りであった。
「弟……チョコが関わっているというのか」
「しかし口ほどにもない連中だったな。軍備を整えているというのは気にかかるが」
唐突にポップアップせしはポテト・ザ・バロン。戦闘中に辿り着いたが特に面白いことは起こらず、パルムが敵をなで斬りにするのを眺めていただけではあるが、あたかも大活躍をしたと言わんばかりの態度であった。
「……」
皆の視線が突き刺さるが、バロンはそれを一顧だにしていなかった。
ここまでがプロローグであった。
「とりあえず目的地は暴帝の訓練場で、向こうが攻めてくる前に壊滅させようか」
情報と諜報を自在に操る特権階級、元老院が速やかに確保した情報を元にスサノオが宣言する。
ゆるい言動の割には目的は壊滅である。王を怒らせると怖いのであった。
国王は淡々と宮廷のランドメイカーの声を聞き届け、各自の配下の数を決定する。恙無く編成が終わった頃、全員が各自の所持品を眺めはじめた。
「それじゃあスサノオ、これはスサノオが使ったほうが強いよ」
言ったのはマリーである。手には最新鋭ハグルマ製の【鉄砲】、拳銃。都会ポイントと最新フォームを併せ持つ、二人の目的をひとまとめにしたようなウェポンであった。
キラキラ輝く瞳のまま銃をローマであると認定。速やかにローマ印が押され拳銃はローマと化した。
その他、マリーの報仇用【だんびら】1レベルがパルムの手に渡るなどし、それぞれの所持品を適度に整理した王宮は続いて建設計画に着手した。
まず行われたのは大通りの開通である。王宮から始まってもう一部屋ほど続く長い長い大通り。ここをローマ大路と名付けアスファルトに舗装、更には動く道路へと作り替えた。
なんということでしょう。一見古びた石畳にしか見えない道路は、その実最新鋭のテクノロジーを積み込んだハイテクシティ!
これらはバロンには伏せられ、王国は一見して伝統を保ったままのように改造された。
恐るべきはマリー! “ギザギザの”マリー!
幼くして大臣である彼女は今や神聖ローマランドのイメージをすべて握っているに等しい。
マリーは更に辣腕を振るい、ひっそりと温泉と役所を神聖ローマランドに造り出した。どんどんローマ度が増していく。これには民もニッコニコ。
なんかライオンの顔っぽいやつからダバダバとお湯は溢れ、湯けむりの向こうに評議会が雑務をこなすのである。
コロシアムを作りたいよね、という声を響かせながらローマ力を充填した神聖ローマランドは大温泉時代であった。
なにしろこの温泉、入るとそれだけで気力があふれるすぐれものである。神官のバロンさんもニッコニコなのである。
恐るべきはマリー! “ギザギザの”マリー!
バロンさんの心も朗らかに解きほぐされ、微妙に仲間はずれになっていた事実もどこかへ消えた。
民の陳情を聞き届け、忍者がいないのでバロンさんの仮面の信徒達が暴帝の訓練場を調べあげ、最早準備は万端である。
おや、バロンさんが調べたのであればバロンさんは温泉に入っていないのでは?
ううむそうかもしれぬそうではないかもしれぬ。何しろ一年近く前のことなのでそろそろ記憶があやふやなのであった。
ともあれ《鉄》を手に入れさえすれば民は充足すると言う事実一つ、宮廷はローマ大門を開いたのであった。
*1:シーザーズ・ブートキャンプと読む